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AT的空き家歌会感想

こんにちは倉野です。

先日、福島多喜さんのブログ(http://taki0705.exblog.jp/20509766/)での空き家歌会感想を拝見し、
私も少し感想を書いてみました。

ちなみに多喜さんのおっしゃるATとは「アダルト短歌」の略です。
そういった内容が苦手な方は念のためご注意ください。


A、生活に関係のないひとだから一緒に食べるお肉がまずい (奈良絵里子さん)

こちらの読みは概ね多喜さんに同意。
「お肉」はなんとなく「肉体」を想起させるし、食事とエロスは切っても切れない関係にあると思う。
魚も野菜も生き物であることに変わりはないのに、お肉を食べるときは一番「命をいただく」という気持ちになります。
性は生です。いやらしさのない、人間的なエロではないしょうか。好きですねー。



D、魚肉ソーセージをギョニーと呼ぶことを君と暮らした証にします (西村湯呑さん)

多喜さんのAT読みの前から、今回特に好きだったお歌。
「魚肉ソーセージ」が本物の魚肉ソーセージであっても、ナニでアレであっても、
歌われていることの本質は変わらないからじゃないかと思う。

「君と暮らした証」という言葉で分かるのは、いまはもう「君」とは暮らしていないということ。
恋人と別れたあとって、ロマンチックな言葉などではなく、くだらない冗談みたいな会話ばかり覚えているのはなぜでしょう。そんなくだらない会話こそ幸せだったと気付くのはなぜいつも失ったあとなのでしょう。
ベッドの上での冗談って、睦まじい恋人同士にだけ許された特権じゃないですか?
他の人に言われれば洒落じゃ済まないようなことでも、心も体も許した相手であればなぜか微笑ましく愛おしく感じたりしませんか?
ナニがギョニーっつーのも馬鹿みたいな話だけど、馬鹿みたいだからこそ、恋か終わったあとに振り返ると一層切ない。
うーん、好きだなぁ。



L、夏痩せた身体は風に運ばれて鳥居をくぐれば新しい街 (安達洸介さん)


多喜さんはAT読みに苦労されていたようだけど、まず普通に恋の歌と思って読むとグッとくる。
作者は男性だけれども、最初にこちらの歌を拝見したとき歌の主人公は女だと思ったんだよねー。

痩せた理由は夏バテなんかじゃなく、失恋。
風に吹かれて運ばれそうなくらい弱々しくなっちゃったのか。大変だったねぇ。
神頼みするしかないくらい消耗して、お参りを終えて帰るときの歌だと思う。
鳥居をくぐったら、いま来たはずの街が新しい場所のように感じたのかな、と。吹っ切れたんだね。よかったね。

きっと化粧もしてなくて、幸薄そうな女なんじゃないかな。
いいよね、そういう、侘び寂びのエロさってあるよね。
腐れ縁の男と、じめっとした畳の部屋でラブシーンみたいな。ベッドシーンとは呼ばないの。ベッドがないから。でもラブはあるの。がんじがらめで禍々しいような鬱屈したラブが。

新しい風が吹く新しい街にはそういうものはもうないね。
これからは福々と太ってね。
何を言ってるんでしょうねー私はねー。




ちなみに空き家歌会Ustreamはまだ見てません。

また参加したいなぁ空き家。
それでは皆様よい1日を。
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2013年05月29日(Wed) | 未分類 | TB(0) | CM(0)
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